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05 KIICHIRO.H / RYU.H

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コソボ虐殺の村ラチャクへ

ラチャク/コソボ
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朝起きて、またカフェで少しゆっくりしてから9時ごろ街を出発。
隆の運転で一路コソボを目指すのだ。
そう、あのコソボ紛争のあった国です。

30分ほど海岸沿いを北上したのち、右に折れた。
そこからどんどん内陸に入っていくのだけど
あとは目の前にそびえる山をめがけて走り続ける。

山岳地帯を抜けたところがコソボだ。

国境につくと、入国を待つ車で長蛇の列ができていた。
デリカを最後尾につけて、少しずつ前に進んでいくと
前の方でテレビクルーが、列で待っているドライバーにインタビューを行ってる。

脇を通り過ぎる時にマイクにABCとかいてあった。ABCニュースのことだろうか。
それにしても何をインタビューしてるのだろう。
コソボの緊迫した状況を肌で感じ、緊張感が高まる。

その後、自動車保険に入り、いとも簡単に入国する。

あれ?でもまだアルバニアの出国ゲート通ってないけど...
出国してないのに、入国ってどゆことだ?ここで両方兼ねてるのか?

色々揉めているそうだが、そもそもコソボは国なのだろうか。
何はともあれコソボに入った。

少しいったところの第一の町で昼食をとる。
通りは人で賑わい、レストランも随分繁盛しているようだ。地元の観光客もちらほら。
ときおり軍服姿の外国部隊の人たちが歩いているが、それ以外は町は平和そのものだ。




でも、よく観察すると、街のいたるところに
トレードマークの青いヘルメットを被った国連軍がうろうろしている。
意外なことに女性兵士が多い。



そこから首都のプリスティナまで北上するのだけど
途中で「ラチャク」という村に立寄よる。

コソボ紛争中、この村の住人をセルビア側が虐殺したとされる事件が起きた村だ。
この事件を契機にNATOの軍事介入がされたそうだ。
その村が今どうなってるのか。どうしてもこの目で見てみたかったのだ。

道を外れ、村へと続く細い道を丁寧に走っていく。
町は思っていたよりも、新しい家屋できれいに整えられており
今は普通に人々が生活している事が察せられる。

どこにむかうともなく町中を回っていると
町から少しはずれたところに小高い丘があり
何やら記念碑のようなものがあるのが見える。いってみよう。

着いてみると、やはりそこは虐殺の記念碑だった。
犠牲者の墓標だろうか、白い石が町を見下ろすようにいくつも並べられている。
誰もいないこの場所は、不気味な静けさに包まれている。

町の方を見ても、どこにでもありそうな普通の集落にしか見えない。
この穏やかな場所でかつて虐殺が行われたなんて誰が想像できるだろうか。
この地が過去の歴史的な場所とされるには、まだまだ長い年月が必要だろう。

まだ両者の対立が続く今、この場所は今も続く悲劇の象徴なのかもしれない。

丘を下りる途中に、無残にも破壊された建物があったので勇気を出して入ってみた。
戦闘で破壊されたのだろうか、屋根瓦の至る所に直径30cmほどの穴があいていて
壁にもいくつもの傷跡が残っている。

入り口の上部のコンクリートには赤黒い染みが付着していた...
え、血痕...
背筋がぞっとした。

一瞬中に入るのを躊躇う程、嫌な空気が建物を包んでる。



町を出る前に何とか住民の人と会ってみたいと思った。
雑貨店を見つけたので水を買うついでに中をのぞいた。
子どもたちがいて、一緒に写真を撮った。

思いのほか英語が通じたので聞いてみた。
「ここでの暮らしはどうだい?」
「うん、最高さ!」

満面の笑顔がかえってきた。
その後、持ってきた日本のお土産をいくつかあげた。
お店には、店に飾れるように書道の何かをあげた。

日本のものがこんな遠く離れた町に飾られる、それだけで嬉しいもんだ。
お返しにジュースをもらい、子供達に見送られて町を出た。




16:00には首都プリスティナに着く。
まだ新しい都市らしい、綺麗な町だ。
今日はそのあとずっとカフェにこもってコソボについての情報収集だ。

明日は、今なお人種によって分断された町があるというので
そこに行ってみようと思います。おやすみ。


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